台湾あれこれ、時々パン。

台湾に関するWeb上の文章を翻訳しています。パンはあんまり関係ないです。

台湾人がアイドルドラマにハマるのはなぜ?

※本記事は、掲載元《風傳媒》より翻訳及び転載の許可を得た上で投稿しています。
原文:為何台灣人熱愛偶像劇?專訪黃健瑋:那些幻想,讓你暫時忘記人生沒有選擇權…(文:謝孟穎、2016.5.20)

 

台湾人がアイドルドラマにハマるのはなぜ?
俳優・黃健瑋へのインタビュー

数多くの台湾ドラマが「平凡な女の子と大企業の社長が恋に落ちる」という夢のような筋書きで始まり、主人公たちが躓いた拍子にキスしてしまうことになるのは何故だろうか?演技派俳優の黃健瑋はこう語る。「幻想の世界に入り込むことで、日常生活で直面するありとあらゆる問題から目を逸らすことができる。家庭のことや、人生におけるいろんな問題から。でもそれだけがドラマの持つ唯一の役割だとは思っていない。

黃健瑋(ホアン・ジェンウェイ)はどのような俳優だろうか。『麻酔風暴*1』を観た医師が「黃健瑋はどこの病院の麻酔科医だ?」と思わず尋ね、ともすれば『白米炸彈客*2』を観た人が「爆弾テロの本人じゃないの?」と驚きの声を上げる。どんな役を演じてもその人になり切ってしまう黃健瑋の実力と、演技に対する向き合い方とを示すエピソードだ。

彼が劇中で初めて恋愛をする役を演じたのがドラマ『麻酔風暴』。ヒロインとの間に育まれた、互いを理解し、支え合うような安定感のある愛情はリアルで感動的だ。オムニバスドラマ『滾石愛情故事*3』の中の第14話「你走你的路(君は君の道をゆく)」では二人の妻の間で板挟みになった夫を演じた。そのどっちつかずの姿は台湾人男性の一面を克明に描き出している。

がっしりとした体つきと低音の声が魅力的な黃健瑋は、まさに多くの女子たちが夢見る大人の男。そんな彼には「社長と恋に落ちる」ドラマを演じる素質が十分に備わっているはずだが、どうして演じようとしないのだろう。台湾のドラマについて話し始めると、彼の口からは俳優へのインタビューではあまり耳にしないような「消費主義」というワードが飛び出した。彼にとって、あまりに突飛なストーリーはブランド物のバッグのようなものだという。

  

「幻想づくりには興味がない。」

リッチでハンサムな社長が平凡な平社員を好きになり、微妙な距離感の二人が路上で躓き思いがけず口づけしてしまう…こんなファンタジーめいた物語は、台湾ドラマに決して少なくない。いつになれば我が身にもこんな展開が訪れ、色褪せて退屈な毎日から抜け出せるのだろうと考えるものだが、黃健瑋はこういったストーリーを笑い飛ばす「come on, get real!(おいおい、目を覚ませよ)」

「ドラマに恋愛は欠かせないよ、人生の大事な一部だから。だけど、ああいう現実離れしたドラマのストーリーは、実は恋愛を描いているんじゃなくて、幻想を見せているだけなんだ。ヴィトンのバッグみたいに、欲望を売っているというわけ。」彼は滔々と語る。「人は幻想を求めるものだよね。ここを現実からの脱出口にして、生活での苦しみや向き合いたくないものから逃げ出せる。例えば自分はすごく太っているけど運動したくないとか、きれいじゃないとか、何々が足りないとか…」

ドラマは幻想を売り物にしてはいけないのだろうか。黃健瑋はこう話す。それこそ消費主義というもので、本来必要ないはずのものに対する欲求を生み出させ、買うという行為を通じて人生における選択権を得られたかのような気にさせる。でも実際は何も得られていないし、テレビを切ってみるとまだ元の場所で足踏みしていて、生活は何一つ変わらないまま。

「この世界で起きていることに無関心でいる限り、自分では選択できているつもりでも、できていないことが山ほどある。接種したワクチンがどういうものか分からず、自分が飲む水のこともよく知らずに、選んでいると言えるだろうか。大部分のことを僕らは気にも留めないけど……」

「それだけがドラマの唯一の役割だとは思っていないし、幻想をつくり出すことには興味がないんだ。」そう語る黃健瑋の眉間に皺が寄る。俳優というよりも、常に思考を巡らせる活動家のようだ。

 

『滾石愛情故事』
平凡な人たちが向き合う20通りの愛の難題

黃健瑋が『滾石愛情故事』への出演を引き受けたのは、こういった理由があったからかもしれない。ベテラン監督の馬宜中がプロデュースする本作は「愛情故事(愛の物語)」と銘打ってあるものの、突拍子もないことが起きたりはしない。20曲の名だたるラブソングをテーマにドラマ化し、どこにでもいるような人の、愛情にまつわる様々な苦悩を描いている。誰もがそのうちのどれかに共感し、感動する―たとえハッピーエンドとは限らずとも。

「君は君の道をゆく」の中で黃健瑋が演じる主役・夏柏峰は、浮気をして離婚し、新しく妻を迎えたにもかかわらず、前妻の鄭佩盈(女優・六月)と息子のことから手を引けず、二つの家庭の間を行ったり来たりしては「身動きがとれない」と感じている。役柄について聞くと、彼は大きく目を見開いて言う。「こんなの未熟な男がやることさ。何度結婚しようが変わらない。一人の人間に対して責任を負うことができないんだ。」

話は飛んでドラマの話題から逸れる。「これは華人社会の婚姻における共通の問題だ」この社会で男はどうやって「良き夫」を演じようかと考え、一家の大黒柱として妻子の面倒を見る義務があると認識している。それゆえ、夏柏峰の現在の妻が腹を立てて前妻とは二度と連絡をとるなと要求しても、彼は友人の助けを借りてでも前妻と息子が抱えるトラブルを片付けてやらねばならない。ついには双方からのプレッシャーに耐えかねて苛立ちを露わにする。「お前たちのためにやってるんじゃないか!」

「二人の愛が重荷になったなら 認めないのはなぜ
    そうすればとうとう独りになってしまうから
        ちょうど初めて出会ったころのように……」

             ―陳淑樺、李宗盛「你走你的路」

「君は君の道をゆく」は、愛の物語と言うには酷なストーリーだ。もし大衆の好みに合わせていれば、夏柏峰は間違いなく前妻とヨリを戻し、昔のように再び愛情に火が点いたことだろう。だが現実はおとぎ話のようにはいかない。視聴者の目にはただ、身動きのとれなくなってしまった夏柏峰と、救いの手もなく孤独な鄭佩盈の姿だけが映る。添い遂げると誓った言葉も時の流れには逆らえない。

 

最近の曲が昔のラブソングにかなわないのはなぜ?

『滾石愛情故事』のテーマの一つになった「君は君の道をゆく」は陳淑樺と李宗盛のデュエット曲で、黃健瑋にとっても思い出深い曲だそうだ。この曲はアルバム『夢醒時分(夢から醒める頃)』に収録されたもので、彼は両親がカセットを買って、車で出掛けるときにかけていたのを繰り返し聴いたという。「あのアルバムは耳にタコができるほど聴いたから、どの曲も印象に残っている。陳淑樺は本当に歌がうまいから。」

 

youtu.be

 

『滾石愛情故事』の全20話の中で使用されるラブソングはどれもひと昔前のものばかりだが、今も味わい深く、新鮮な感動に巡り合わせてくれる。「昔のラブソングの方が良い」と言われるのはなぜだろうと聞いてみたところ、黃健瑋は二つの理由を挙げてくれた。一つには、歌が生活と結びついているから。恋をしている時は決まって琴線に触れる一曲があって、その曲や曲の雰囲気が記憶と一つになって、一生特別な一曲になる。二つ目に彼は、懐メロの歌詞の方が良く書けていて心に響くからだ、と残念そうに答えた。以前は想いを伝えるために文字を書く必要があったため、どの文字にも重みがあった。今では指先一つで文字が打てて、気軽に消したり直したりできる。一つ一つの文字に込められる感情もその厚みもあまりに違って、昔の曲の美しさにはかなわないと感じられてしまう。

とは言いつつも、黃健瑋は若い世代の創作の力を信じてもいる。たとえば最近注目の「草東沒有派對(No Party For Cao Dong)」は若者の社会に対する不満を歌にしているが「ああいうのすごくいい」と彼は言う。

 

芝居を観れば誰もが思わず心惹かれる

ドラマ産業に始まり、流行音楽や社会の生きづらさについて語ってくれた黃健瑋。まだまだたくさんの意見を共有したいと考えている。普段は読書を好み、また自身のフェイスブック上で社会問題に関することをシェアして議論するのも好きだというが、思うようにいかないこともあるそうだ。「重要なメッセージをシェアすることがよくあるんだけど、誰もいいね!してくれない。けれど奥さんと娘の写真をアップするといいね!が100も付く…そこは重要じゃないのに!」

正真正銘、演技派俳優の黃健瑋は、多忙な生活の中でも本を読み、考えることを忘れない。そうして得たものをドラマで生かし、リアルな人生模様を生き生きと演じている。彼の芝居を観れば誰もが思わず心惹かれるだろう。

黃健瑋こそ、役者の鑑と言えよう。

 

 

 

【訳者メモ】

このブログを読んで下さっている方の中に、台湾ドラマを観たことのある人はどれくらいいるだろう。数年前には韓流が一世を風靡したけど、その陰で中華圏の映画や音楽、テレビドラマといったいわゆる「華流」と呼ばれるポピュラーカルチャーも日本に入ってきていて、一部の根強いファンを獲得しつつぼちぼち浸透しているという感じがする。日本の漫画『花より男子』や『イタズラなkiss』なんかが台湾でドラマ化されて、それが逆輸入されたりも。

記事のタイトルにある台湾の「アイドルドラマ」というのは、主に若手アイドルグループのメンバーだったり、話題のイケメン俳優なんかを主役に据えて撮られた“アイドルありき”のドラマ(だと私は解釈してます)。実際、この記事にあるような女子が憧れるシンデレラストーリーものが多く、胸キュン狙いのシナリオがふんだんに詰め込まれていて、私なんかは観てたら鳥肌が……ドキドキするけどすぐにお腹いっぱいになっちゃう。

台湾のドラマってそういうのばかり…という私の固定観念が打ち破られたのは、2011年に放送された『我可能不會愛你』(邦題:イタズラな恋愛白書)を観たときだった。胸キュンの仕掛けはもちろんあるんだけども、幼馴染という関係からすれ違い、互いを想う気持ちに徐々に気づいていく二人の、曖昧な大人の恋が巧みに描かれていて、台湾でも大ヒットしたドラマ。これの脚本を書いたのが徐譽庭という人で、同じく『妹妹』(邦題:僕らのメヌエット)というドラマを書いたのもこの人。で、そのあまりに“現実的すぎる”どんでん返しの結末にネット上で議論が巻き起こったほど。

台湾ドラマってアイドルドラマばかりじゃない(なくなった?)んだなーと最近は思う。でも翻訳されて日本に入ってくるのは、ほとんどが需要のありそうな有名アイドルを起用したドラマだという印象がある。残念な気もするけど、アメリカのドラマほどメジャーなわけではないから仕方ないか…でもこれから増えてほしいな!そして字幕翻訳の仕事できるといいなあとこっそり野望を抱いている。

オムニバスドラマ『滾石愛情故事』はストーリーだけでなく、台湾で愛されてきた流行歌を知ることもできてよかった。あと、いろんな俳優が登場するから退屈しないし演技を見比べたりなんかして好みの俳優さんを見つけられる(笑)。映画『白米炸彈客』のほうは、黃健瑋のシリアスな演技と、生まれ育った土地を愛する思いが込められた台詞に胸を打たれた。次に台湾へ行くときにDVD探すかな。(『麻醉風暴』はまだ観てないのでこれから!)

 

追記:台湾では『麻醉風暴2』が放送されるとのこと!

*1:2015年放送、公共テレビ製作。英題は“Wake Up”。善良な麻酔科医が医療事故に巻き込まれ、病院という組織、さらには過去に負った心の傷と対峙していく医療サスペンス×人間ドラマな物語。

*2:2014年公開(日本未公開)、監督:卓立、脚本:鴻鴻、金篤蘭。直訳すれば白米爆弾犯=ライス・ボンバー。台湾で実際に起きた事件を題材にした作品。白米を仕込んだ爆弾を街に仕掛け、WTO加盟以降、農業を軽視する政府に抗議しようとした楊儒門という人物の物語を描く。ジャーナリストの野嶋剛さんがご自身のサイトで紹介されているのが分かりやすいので参考に。

*3:2016年4月から放送されているオムニバス形式のドラマ。邦訳すれば『ロックレコードと恋人たち』といったところだろうか。「ロックレコード(滾石唱片)」は台湾の大手レコード会社のことで、そこに所縁のある20の楽曲をモチーフに、20通りの恋愛ストーリーが描かれる。現在第16話まで放送済み。第1話では日本でも比較的名の知れているレイニー・ヤン(楊丞琳)が出演していたりする。